カリブ・トリニダード紀行 2000

 
ミレニアムの2000年でのトリニダード紀行です。
今回は1人旅ではなく、Sさん、Hさん、Tさんというう3人の女性と旅をともにしました。といっても半分は別 行動でしたが。現地でも何人かの日本人と巡り会い、最近の中ではいちばん日本語会話率が高い旅でした(^_^;)
 

2/25--波乱含みの入国前後

いつの間にかトリニダードも、今年で4回目だ。
実は今回は経済的な理由&日程的な理由で、最初はトリニダード行きを諦めていた。しかしそんな折り、東京のSさんという方から「私を含めて3人トリニダードに行くから、一緒に来て」という誘いを受けたのだ。あれこれ思案の末に重い腰を上げたのだった。そりゃ「毎年にでも行きたい国」なのだから、チャンスは活かさねば。「うらやましい!私も来年は行く」と言いながら、年が明けると毎年「やっぱり来年にする、来年こそ絶対に行く!」と言う知り合いを何人も見てきた。要するに、ふんぎりがつかないうちは一生行けないってことだ、それは。
ただ、「今年も行く!」と啖呵を切っても、やはり現実は容赦ない。今回も(案の定)、土壇場で仕事でかなりトラブった。出国前日はほとんど徹夜、当日は夕方の関空出発なのに、その日の昼まで仕事をしていた、というとみんな呆れるだろうなぁ。ま、それは個人的な話。
過去3回のトリニダード行きは、アメリカンエアで成田出国、マイアミ1泊を経てトリニダードに入国するというルートだった。しかし今回のエアーは、同行のSさんが(かなり苦労して)押さえた、エア・カナダである。関空から出国してバンクーバーでカナダ入国、次いでトロントで1泊。翌日、トリニダードという旅程と相成った。
今回は、1人旅が多い僕にしては珍しく4人グループでの旅だ。まず先に僕とSさんの2人がトリニダードに入り、1日おいてから後発組のオキナワ2人娘(Hさん、Tさん)が合流することになっている。

年明けからエアチケットやホテルの手配を進めたが、もう大変。多くはインターネットを手段に使ったが、エアはどこもキャンセル待ち、ホテルは超ド高い「カーニバル料金」を提示された。幸いSさんの努力により何とか事なきを得たが、もう過去の常識は通用しない、ということが骨身に染みた。手続きは年内にやらんと、もうダメだ。トリニダードのカーニバルはそれほどメジャーな存在にノシ上がっているらしい。
徹夜明けでサイアクの体調はともかくとして、関空からの空路は順調だった。うむ、エア・カナダも悪くない。機中ではほとんど睡眠を取らせて貰い、バンクーバーでカナダ入国、そしてシアトルへ。シアトルでは1泊しなければいけない。空港で見つけた、バックパッカー用のゲストハウス(いわゆる安宿)に宿泊することにする。ここにはコイン式のインターネット端末があり、ここで日本にメールを送ったりしていた。
なおゲストハウスまで案内してくれたタクシーの運ちゃんはインド系の人で、25歳の時にシアトルに移住してきたのだとか。彼には翌日、フライトの時間までナイアガラの滝やカジノに案内してもらった。ちなみに彼の奥さんはトリニダード人(もちろんインド系)らしい。シアトル辺りにはトリニダード人のコミュニティがあるというが、そんな話を身近に感じさせてくれた。

順調だったカナダまでの旅程。エアの手続きをするために空港のカウンターに行った僕ら。しかし、カナダでの最後の最後、空港でトラブルが待ちかまえていた。Sさんが何やらカウンターの受付嬢と言葉を交わし、そして僕に言った。「飛行機の席が無いって言うのよ!」げげげ!!「わかんないけどブッキングで凄い状態になってるらしくて…」。
この状況に焦るな、という方がムリだ。何しろ、搭乗時間は6時45分の予定である。現在、5時30分…。あと45分しかないじゃん! 何しろこの状況だ、この便に乗れなかったらいつまで待たされるかわかったもんじゃない。しかも、その日の最終便なのだ。今からまたホテルの手配やらするとなると、面倒ったらありゃなしない。「6時15分まで待てって言われちゃった。まぁ祈るしかないわね」。焦る僕をよそに、Sさんは意外と平然としていた。旅慣れているからなのか?
結果的はというと、何とかチケットはゲットできた。しかも、料金はそのままに、ビジネスクラスのご搭乗である。禍転じて福となる、ということか。という訳で、トリニダードまでは非常に快適な空の旅を送ることができた(とはいっても、5、6時間だけれど)。

飛行機への搭乗待ちの時間、思っていたことがある。待ち合わせ室の中に、かすかにトリニダードのにおいが漂いはじめていたことだ。不思議なものだ。ただの雰囲気なのか、トリニダードで生まれ育った人たちのにおいなのだろうか。外国人に言わせると、日本も魚くさいと言う。その国固有の「におい」は、やはり存在するのだ。ともあれ、いよいよだ。再び。
フライトは予定より1時間ほど遅れ、離陸は結局のところ7時30分を過ぎていた。ビジネスクラスだけあり、至れり尽くせりのサービスである。離陸前にはグラスでオレンジジュースをサーブ。夕食はコース風にメインだけ別皿で出てくる凝りようだ。ワイン、ビールともしこたま飲み、かなりいい感じに酔っぱらってしまった。そして睡眠…。
気がつけば、窓から地上の明かりがきらきらと見える。トリニダードの夜景だ。さすがに4回目となると感慨もなく、「ああまた来たな」という感じではある。しかし2年ぶりのトリニダードでもある。

着陸、午前2時過ぎ。バゲッジのピックアップでかなり時間を取り、空港を出るときは3時を優に回っていた。空港に降り立った瞬間、何かが変わった…?という気持ちが頭をよぎる。そう、空港がやたらと明るくなっていたのだ。別に建て替えしたわけではないが(後で知ったことだが、いま空港の新ビルを作っているところらしい)、ペイントが新しく、蛍光灯の光が眩しい。初めて降り立ったときには、その薄暗さに少々ビビリ気味だったものだが…。時代は変わるものだ。Sさんいわく「もっと凄い国を想像しちゃってたー、ジャマイカなんかよりよっぽど安全そうじゃん~!」。ま、そりゃそうだけどね。
タクシーを飛ばして一路、ホテルへ。到着時間は実に深夜(早朝?)4時である。ハイウェイを飛ばして、空港から首都ポート・オブ・スペインPort of Spainまでは30分ほどだ。さて、少々不安でもあったホテル(というか実質はゲストハウス)は、ポート・オブ・スペイン市内のダウンタウンの中にある。カッパーケトル・ホテル&レストランCopper Kettle Hotel and Restaurant。1階レストランはバーになっているようで、警備係がバーテンダーを兼ねて深夜も営業しているのだ。つまり24時間オープンってコト??
部屋は予想していたより余程マシな方だった。ダウンタウンにあることから「絶対ヤバイよそれ」「売春宿じゃないのか?」という、周囲の不安の声があったことを考えると、これは思わぬ収穫といえる。唯一の難点は、部屋に電話がないことだろうか。それを除けば、値段は安いし、主なイベント会場であるサバンナ公園Queen's Park Savannahからも、中心街からも近いし、言うことなし。定宿候補である。ちなみに僕らの部屋にはエアコンはないが、多少のお金を出せば、完備の部屋もある。

さて、深夜ではあるが無理を言って1杯だけドリンクを貰う。スプリングウォーター(ミネラルウォーター)のでかいペットボトルだ。疲れてはいるが、機内でぐうぐう眠ったせいで全く眠くない。困ったものだ。しょうがなくパワーブックを開け、メモを打ち込む。そのうち眠くなるだろう。…と思っていたら、身体は正直だ。いつの間にか、本当に眠ってしまった…。
 

2/26 --Andy!

起床、朝10時。午前中は、いろいろとしたいことがある。まず、床屋に行くこと。かなり髪がぼうぼうでうっとうしいのだ(あまりに忙しく日本で床屋に行く時間がなかった)。次にFAXサービス、インターネットサービスのショップを探すこと。あと、もろもろ…。
ぶらぶらと散歩がてら、床屋を探すだけで30分以上歩いてしまった。何故かって? タクシー乗り場のあんちゃんに教えて貰った床屋への道を、まんまとロストしたのだ。歩き詰めたおかげで、町の中でのホテルの位置関係がよくわかったが…。
どこの街でもそうなのかもしれないが、ポート・オブ・スペインの街は同じ業種のショップが固まっている。ある一画はコンピュータショップ、ある一画は眼鏡。またある一画は…、という案配に。床屋も例外ではなく、続けざまに3軒が軒を連ねている。さんざん探し回って歩き疲れて「トリニダードに床屋はないんじゃないか?」というコトまで想像し始めていた僕には、拍子抜けだった。3軒のうちから適当に選んで入った床屋は、いちばん人気がなかった店のようで、そこだけ待ち客が少なかった。
東洋人の客に、店主は少しだけ驚いたようだ。ぼうぼうの髪では暑かったし、気分転換したいという意識もあったので「ベリーショートにしてくれ」というリクエストを出した。しかし、これが少々まずかったようだ。「OK!」と、彼はいきなりバリカンを取り出し、ジジー、ジジーと頭に入れる…。こ、これは丸坊主ってこと?? しかし結果 は丸坊主よりひどいものだった。スーパーショートとでもいおうか、ただの丸刈りではなく、生え際までシッカリ手入れしてくれたのだ。僕の頭は富士びたい気味なのだが、丁寧に?カットされた額は、1本の直線で結ばれてしまった。こりゃあヘルメットスタイルだ!!
鏡を見た瞬間の(自分の頭に対する)不自然さは、当分の間、拭えるものではなかった。料金は15TT。トリニダードのレートは、この時点では1US$=約6TTである。USで払うと言うと、何故か少し高めに5$を要求された。まあ、いいか。
問題は、洗髪していないことだ。当然、小さな髪の毛がパラパラと降り落ちる。服に執拗にまとわりつく。気持ち悪い。ホテルに着いたら、真っ先にシャワーを浴びなければ…。
床屋の次に、地図と観光案内をゲットしようとうろつき回る。しかし、どこだ?ツーリストインフォメーションは?? 誰に聞いても、わからないと言う。最終的には「クルーズシップ・コンプレックス(豪華客船の停泊するトコロ)に行けばあるはずだ」と言われ、一応行ってみることにしてみた。しかし、残念ながらコンプレックスはほとんどの店がクローズしていた。どうもここは、船が来ていないと、ほとんど機能しないようだ。警備員がひまそうに座っていた。「観光案内をくれ」と言うと、一応は探してくれたが、残念ながら「ないねえ」との答えだった。
しかたなく、おやつがわりにダブルスをぱくつき、ホテルにてくてく戻る。無惨な僕の頭をひと目見たSさんの反応は、案の定、爆笑だった。ウムム…。

昼食は、外に出るのも面倒なので、ホテル1階のレストランで食事を取ることに。メニューにはカレーやら何やらと、いろいろお品書きが書いてあるが、ウェイトレスは「メニューはこれだけネ」と言わんばかりに、有無を言わさず「本日のスペシャルメニュー」のローカルフードを持ってきた。チキンの煮込みと豆の煮物の付け合わせ。僕的にはカレーを期待していたのだが、これはこれでうまいものだ。おそらく素材には醤油も含まれているのだろう、ほのかに親しみのもてる味わいでもある。
お腹がいっぱいになったところで、今回の旅でひとかたならぬ世話になったpekejさんに電話をかけることにする。しかし、あらかじめ買っておいたテレホンカードを片手に、片っ端からカード電話でトライしてみるも、どうもうまく通じない。結局、公衆電話は諦めた。この原因は、
1・カードが国際電話専用であったこと。
2・カードは(裏面に書いてあったが)面倒くさい手続きが必要だったこと。
3・そもそもトリニダードの公衆電話は故障が多いこと。
--の3要素が絡んでいた(なんじゃそりゃ)。
結局、ホテルの電話を借りることに。すると何のことはない、一発でつながった(今までの苦労は何だったんだ一体?)。

pekejさんに、ひととおりのお礼を述べた後、本日、夕食をご一緒してそのままパンジャズ・ライブに行くことを約束した。そう、偶然ではあるが今晩、ケン“プロフェッサー”フィルモアKen "professor" Philmoreやアンディ・ナレルAndy Narellが出演するライブがあるのだ。楽しみだ。何といっても、僕はアンディからパンの世界に引き込まれた人間なのだから。
さて、夕方まで(疲れが溜まっていたのか?)爆睡してしまう。SさんはSさんでスイス人の友だちと会うために外出していき、戻ってきて爆睡していた。なんでも、彼女がスイスに居た頃に、パンを教えてくれた“恩人”であるらしい。ここトリニダードで、数年ぶりの再会なのだそうな。彼女の名前はマギーという。僕も後日、マギーにはいろいろと世話になった。
二人とも、ぐうぐうと深い眠りについていた。そして情けないことに、pekejさんに叩き起こされるというおまけつきだった。いやあ…、本当に情けない。pekejさんの奥さんとも対面し、4人でクルマに乗り、まずは夕食。やっぱトリニダードということで、ローカルフードを食べに行くことにした。到着したレストラン「ウッドフォード・カフェ」に着いてビックリ。ここは以前、「モンスーン」というロティレストランだったとこじゃないか! なくなっちゃったんだ、モンスーン…。結構気に入ってて、行きつけだったのに…と、思わぬショックを受けた。
内装はモンスーン時代そのままの内装で、しかし内容はローカルフード。どうやら系列店を統合したのだろう。

pekejさんとの会話は、非常に楽しいものだった。仕事の関係でトリニダードに来たこと、こちらに来てから初めて音楽の事情も知ったこと、今では「楽しく」勉強中だということ…。何よりも、現地の情報と身近に接していることは大きい。興味深い話を続々と語ってくれた。
パンジャズ・ライブは、午後8時30分(あくまで予定)からサバンナ公園近くのクイーンズ・ホールQueen's Hallで行われた。僕にとってのメインステージは、もちろんアンディ・ナレルである。今から7年前、彼のアルバム「ダウン・ザ・ロード」を聞いたときから、僕のパンとの関わりは始まったのだ。…彼のCDは日本では廃盤扱いとなってしまい、今では容易に入手することができなくなってしまった。悔しいことに、まだ持っていないアルバムも何枚かあるのだ。彼のアルバムをゲットすることが、今回の旅の目的のひとつ…でもある。

会場は比較的ゆっくり座れる状態であった。これは予想されていたことで、というのもこの日は昼から、カリプソの大きなイベントがガチ合っていたのだ(しかもその入場料は10$と、かなりの低価格だったそうだ)。
ステージが始まった。1組目のバンドは、カイソ・フュージョンKaiso Fusionというグループ。不勉強ながら、僕には馴染みのないバンド名だ。内容はそんなに悪くはない、ただ、いかにも模範的なフュージョンバンドという感じ。正直に言って、印象は薄い。「いいんじゃないの?」くらいの感想である。
2組目は、(名前はよく聞く)ケン“プロフェッサー”フィルモアである。とにかくハイテンション! 思わず引き込まれてしまった。「魅せるステージング」に関しては、天下一品である。「ヤバイよ何かやってんじゃねえのか」と、半ばマジに思ってしまったほどのテンションの高さ。ソカは歌うわ、スティックさばきはパワフルかつ流麗だわ…。「アーティストはこうでなくては」と思わせるステージング、実に見事としかいいようがない。pekejさんは「最近買った彼のアルバムはイマイチだけど、このステージは最高ですね」とのこと。見れて良かった。

彼は30分ほどのステージでさまざまな曲を披露した。その中にはグローヴァー・ワシントンJrの名曲「Winelight」や、デビッド・ラダーの新曲「It doesn't get too much better than this」も含まれていた。
さて、最後にアンディである。彼は、ポロシャツにウエストポーチという、ほとんど観光客のようないでたちで登場した。テナーパンとダブルセカンド(ダブルテナーかも?)を並べた、変則的なセッティング。1バンド目のkaiso Fusionとのセッションというスタイルだ。残念ながら知っている曲はほとんど演奏してくれなかった(まだ入手していない日本未発売のモノから?)が、ともかく演奏が美しい。Ken Professorほどのエネルギッシュさはないものの、存在感はやはり大きいものがある。
夢のような?ひとときはあっと言う間に過ぎてしまった。しかし、笑ってしまったのは、Sさんの評論。「アンディって、演奏はキレイだと思うけど、何よあのウエストポーチ付けて観光客かと思ったわよ。それにモヤシみたいだし~、何かイメージ狂っちゃったわぁ」…。ま、まぁ、確かにそうではある…かな(^_^;)。でも、そんなこと、日本のアンディ・ファンに言ったら殺されるよな…。
帰途、pekejさんにムリを言って、レネゲイズのパンヤードに立ち寄ることにする。時刻はもう夜11時頃だったろうか。しかし、明かりは煌々と灯っていた。2年ぶりのパンヤード来訪である。活気も、サポーターの多さも、観光客の多さも、そして隣にそびえるマンションも変わらない。「ここに帰ってきたんだ」という感慨が頭をよぎる。
Sさんは、日本公演のさいに知り合ったレネゲイズのメンバーを探し始めた。ちょうど今は、休憩タイムのようだ。まず、3チェロ奏者のアントニーAnthonyを発見し、旧交を温め合う。彼は親日家として、日本のパンファンの中では名の知られた存在だ。そして、9ベースのアンセルムAnselmの顔も…。彼とは2年前に、愛知県「長久手町文化の家」の公演終了後に、「村さ来」で一緒にメシを喰った仲だ(笑)。長久手で会ったときと何ら変わらない、トボケたフレンドリーな顔をしていた。
アントニーに紹介されて、アメリカ人のパンマンと知り合う。4チェロのパートを担当する彼は、名前をアレンAaronと言う。メーン州の人で、学校の教育プログラムでパンを始めてもう8年になるという。アメリカではまだ学生なのだろうか。しかしここでは、れっきとしたレネゲイズのメンバーとして受け入れられている。
そうこうしているうちに、休憩も終わり。練習が再開された。同じパートを繰り返し演奏し、リズムを確かめる。今日の練習メンバーは50人ほどだろうか。空席も多いが、音としての迫力は充分である。「地を這うようなパンの音」とは、僕が好んで使う表現だが、今回もその言葉を使わせていただこう。
Sさんはアンセルムの近くでベースの重低音を堪能した後、僕のカメラを持って後ろの方へまぎれてしまった。僕は見物客用のスタンドに腰をかけ、ゆっくりと演奏を耳にしていた。しばらくしてスタンドに駆け上がってきたSさんは、目に涙を浮かべ、顔を真っ赤にしている。「もう感激して感激して…」と、言葉が続かない。しきりに涙を拭いている。そりゃそうだろう、夢にまで見たレネゲイズのパンヤードなのだから。

やはりトリニダードは、パンの聖地だ。メッカなのだ。本当のパノラマの存在感は、やはりフル編成でないと味わえないと思う。日本ではせいぜい20人前後の編成でのバンドしか見られない。その条件は、アメリカ・カナダ、そしてヨーロッパにいくら多くのトリニダーディアンが住んでいるといったって、大差はないだろう。パノラマ本来の大編成を、しかも間近で見られる場所といったら、トリニダードのパンヤードのみが、オンリーワンの存在なのだ。
「パンヤード巡礼」、そう言ってしまえば大袈裟か。しかし、パンを求めて世界中から集まってくる人々、また故郷トリニダードを目指してこの時期に里帰りする在外トリニダード人。これ等の人々を見るにつけ、これは巡礼以外の何物でもないと、痛切に感じさせる。限りなく聖なる地とはかけ離れた土地である。治安も、年々悪化していると聞く。それでも、彼らはパンの聖地を目指すのだ。
自分が辿るべき聖地の存在を知っている人間は、幸福である。そして僕も。

時計が夜中の1時半を回ったところで、今日の練習はひととおり終了。帰りはアレンのクルマ(超ボロのワーゲン…失礼!)で、アンソニーともどもホテルまで送ってくれた。「Be careful!」と、アレンは何度も口にした。ありがとう。安全そうに見えるけどダウンタウンだもの、気を付けなくてはネ。
結局この日も、眠る頃には午前4時を回っていた。そして、明日はパノラマ・セミファイナルである。
 

2/27--我、サポーターなり

起床、朝9時頃。普段は完璧に夜型人間の僕だが、旅行になると何故か朝早くから目が醒める。これは今回に限らず、国内でも海外でも、旅行となると必ずそうだ。しかし今朝は、蚊に喰われて目が醒めてしまった。お陰で、うつらうつらを繰り返した果ての、寝覚めの悪い起床である。
そう。少なくともこのホテル周辺は、蚊はそれほど多くない。だからこそ、蚊に対するセキュリティ?が甘く、日本から持ってきた蚊取り線香さえ、つけることを忘れていたのだ。お陰で、1匹だけのモスキート・アタックに遭遇してしまった。痒い……。

1階で朝食を取り、Sさんと今日の予定の相談をする。昨日までの話では、朝11時から始まるパノラマ・セミファイナルを観覧してから、今日到着する後発組の「沖縄2人娘」を、空港まで迎えに行くことになっていたのだが。…「疲れたよね」「そうだよね」と、午前中のセミファイナル観戦を諦めることを、あっけなく決定。そのかわり、懸念事項となっていたSさんの日本送信用FAXを、ホリディ・インでお願いすることにした(Sさんは自分のトリニダード紀行を、リアルタイムにホームページにアップすることにしていたのだ)。
さて、空港での合流が午後1時前なので、12時頃にホリディ・インに着くよう2人で歩いた。ホテルからてくてく歩いて10分ほどだろうか。僕もついでに、仕事用のFAXを送ることにする。しかし、である。あろう事か、Sさんは肝心のFAX送信先の番号を、メモし忘れてきていたのだ(^_^;)/。Oh My God!である。結局、「また後から来ますわぁ」とフロント嬢に言い残し、そのままタクシーで空港へと向かったのであった。
気のせいかもしれないが、空港への道は、いつも途中で「これ、道が違うんじゃないの?」と思わせる。結局は無事に到着しているので問題はないのだが、不思議ではある。いくつもルートがあるのだろうか。

空港に着いた時間は12時50分。ちょうど2人の到着時間だが、アナウンスを見る限りでは10分ほど前に既に到着しているらしい。しかしバゲッジの関係だろうか、姿はなかなか出てこない。僕は待ちの時間を利用して、空港のツーリストインフォメーションで、観光案内やマップをしこたま頂いてきた。30分ほど待った頃に、やっと2人組がやって来た。偶然、マイケルの家にステイする予定の女性(Oさん)も同じ便だったようで、彼女たちと一緒に歩いてきた。(何故か、テレビ撮影用の、高校生の日本人グループもいたが)。
彼女たちは意外と元気そうだった。Sさんは早速「今日はパノラマのセミファイナルがあるんだけど、行きたい?疲れてない?」。2人は「ぜんっぜん大丈夫です!行きます、行きます!」。いや、若いなぁ。元気だなぁ。

空港でつかまえたタクシーは、長身の黒人のあんちゃんが運転手である。最初は無口だったが、途中からしゃべる、しゃべる。「僕の名前はアイラブユーと言うんだ」と。きたきた、おきまりのラブリートリニダーディアンのご登場だ。女の子がいれば何故か話が弾むのは、トリニダード人男性の共通の傾向である(いや、万国共通か)。こういうときに、日本人のオトコってのは損だなあと思う。まぁ僕にしてみれば、彼の浮わついた女の子の話より、彼がぼそっとつぶやいた「ぼくは柔術をやっているんだ」という言葉の方に興味がいったのだが。
ホテルに到着し、まずはチェックイン。ひと息ついたところで、再度FAXを送るため、4人でホリディ・インに向かった。ところが、SさんのFAXは結局送信できないのであった。理由は? …よくわからないが、日本のFAX機械の方に問題がありそうだ。FAXの用紙が切れているのか、はたまた電話の設定がおかしいのか…。(ところがこれには後日談があり、このときのFAXは、正常に日本に届いていたのだ。何故、送信エラーが出たのかはわからない。ただ一つ言えることは、まんまとFAX代が浮いた、ということだ)

仕方なく、そのままサバンナ公園へと向かう。パノラマ・セミフィナルだ。うろうろ迷ってノーススタンドに着いた時点では、まだ8バンド目が終わったばかりだった。今日も、長丁場になりそうだ。
僕らが席に座ってから登場したバンドはスターリフトStarLift、カリブ・トーキョーCarib Tokyoなど、そうそうたるビッグネームばかり。何故か2曲やるバンドと1曲しかやらないバンドがあり、どのようなシステムになっているのか、正直言って見当がつかない。頭の中を「?」マークが飛び交っている。後で聞いたところでは、またシステムが変わったらしく、パノラマ(予選)と、Pan In The 21st Centuryという2つのタイトルの審査をかけもちしているらしいのだ。パノラマは当然ながら必須エントリーだけれど、Pan In The 21st Centuryはエントリーしてもしなくてもいいようだ。だから1曲だけ演奏するバンドと2曲演奏するバンドとがある、ということらしい。
ちなみにPan In The 21st Centuryは、ポップスやスタンダードなどをオーケストラアレンジしてパンで演奏するというコンセプトだ。そのためか、耳慣れたスタンダードなメロディーも時折聞こえてくる。レネゲイズなどは、ジプシー・キングスの曲を演奏していた。
Sさんは、会場でマギーと待ち合わせをしていたので、一旦は別行動を取り、後で合流することになっていた。そして駆け込むように戻ってきたSさんは、「出場前のバンドが、あっちで練習をしている、すぐ近くで見られるから行ってみよう」と言う。全員同意して、次に控えている大御所バンド、インベーダーズInvadersの演奏が終わったら、席を立つことにした。ちなみにセミ・ファイナルではスタンドへの再入場は自由だ。疲れたら、また席に戻ることもできる。

インベーダーズは2曲を演奏した。1曲目はPan In The 21st Century用のネタで、誰もが知っている(でも僕にはどうしても曲名が出てこない(^_^;))クラシックの名曲である。ものすごくやる気のなさそうなフラッグレディと、ちんたら演奏するプレイヤーに「なんじゃこりゃ??もっとマジメにやれよ!!」と思ったものだが、次の2曲目(パノラマ用の曲)は、彼らの中では本番だったのだろう、態度が途端に豹変し、恐ろしくアグレッシブなステージを見せてくれた。「これは凄ええ!!」の一言である。アレンジも素晴らしい。身体がリズムに乗ってしまう…。ふっと、掲げられたインベーダーズの横断幕に書いてあるクレジットが目に入った。アレンジャー…Ken“Professor”Philmore! なんだ、そうだったのか。昨晩あれほど圧倒的なパフォーマンスを見せてくれた、彼が率いるバンドなのだ。そう考えると、この演奏も納得というものだ。(※)
(※)インベーダーズのアレンジャーがケン“プロフェッサー”フィルモアであることは、マニアさんなら「何を当たり前のことで驚いているんだ」という反応だろうけど、音楽的には素人で、勉強嫌いな僕には初耳だったのである。ご承知いただきたい。

インベーダーズの演奏が終わったところで、みんなでスタンドを後にし、演奏前のバンドの待機スペースに向かった。とにかくものすごい人混みである。まずオールスターズTrinidad All Starsがいて、その後ろにはレネゲイズBP Amoco Renegadesが陣取っている。アンソニーもアンセルムも、アレンの顔も見える。アンセルムの顔も今ばかりは、真剣そのもの。いつものトボケた雰囲気が陰を潜めているのは、さすがレネゲイズのメンバーと言うべきか。
そのまま彼女たちはへばりつくようにレネゲイズの練習を観覧し、そして僕も含めて、その場の勢いでレネゲイズのサポーターとしてスタンドに入場し、そのままサポーターの「たまり場」に飛び降りた。
演奏待ちの間、急に一人の黒人女性が、日本語で話しかけて来た。ビックリである。何と彼女は、新宿のライブレストラン「ココロコ」で、ベースを弾いていたという。「ココドコ?ココロコ~」と訳のわからない冗談を飛ばす彼女は、半年ほど日本に滞在していたようだ。そういえば以前、ココロコに女性ソカシンガーが出演していたという話を聞いたことがある。彼女はそのバックメンバーの一人だったのだろう。それなりに日本語も忘れていないようだ。
サポーターの「たまり場」は、ステージの真下にある。音楽を聴く体勢では決してないが、そのかわり踊れる体勢ではある。そして、レネゲイズの演奏が始まった…。1曲目はパノラマ用に、スーパーブルーの最新ヒット、Picture On My Wall。そして2曲目は、21st Century用に、ジプキンのナンバーである。
演奏のドライブ感が心地いいが、何よりもフラッグレディの動物的な動きに目を奪われる。「ヘイ!ヘイ!ヘイ!」というギャラリーのかけ声に合わせ、鋭い眼差しを光らせながらグラインドする腰つきは、きわめてセクシャルだ。というか、やっぱカッチョいいのだ。

レネゲイズのステージが終わると、僕らはバックスタンドに戻ることなく、そのまま帰途についた。気持ち的に、満足してしまったのだ。とはいえ空腹なので、夕食を食べることにする。中華がいいとの共通意見だったので、ホンコン・シティHong Kong Cityに足を運ぶ。が、残念ながら日曜ということで閉まっていた。仕方なく、パンダ・パレスPanda Palaceに向かった。ここはオープンしていたので、ひと安心である。
久々にホット&サワースープが食べたい!とオーダーしたものの、それはかつての記憶を、はるかに上回る辛さだった。「こ、こんなに辛かったっけ??…」まともに食べられたのは僕とSさんだけ、その僕も翌日はお腹の調子が思わしくなかった。食べたいマーボー豆腐もなく、揚げ出し豆腐のあんかけ風味がかわりに提供された。それでもチャーハンの味など、やはり醤油系の味覚が恋しい時期に来ていたのだろう、ペロリと平らげてしまった。

満腹になり、帰りのタクシーを待つ間、後ろのテーブルに座っていたオヤジの三人組が話しかけてきた。カナダ人やらアマチュアのゴルファーやら、よくわかんない方々である。はっきり言って酔っぱらいである。飲み物をひとつご馳走になったのはよかったが、かなり出来上がっていた。Sさんの「私たちは日本でパンを演奏している」と話すと、「ジャ-PAN!」というオヤジギャグが炸裂!その瞬間は一同、身体が凍りついた(爆)。そのままオヤジどもに付き合わされること30分?、かなり笑える時間、ではあった。
帰宅は午前12時ほどだろうか?それでもいつもよりはかなり早い時間での帰宅といえるかも知れない。しかし、部屋に戻ってもSさんは寝ようとしない。今日の興奮が、未だ醒めやらぬ ようだ。僕はうつらうつらの浅い睡眠を繰り返したが、彼女はずっと起きていて、日本にFAXで送るためのレポートをしたためていた。

 

2/28 --癒しと扇情のソカ

考えてみれば、今日はトリニダード@2000に降り立って初めての「平日」である。ゴーストタウン化していた(かのように見えた)ダウンタウンに、一気に人とクルマの波が押し寄せてきた。窓から眺める風景は、のどかで静かなそれではなく、通勤・通学の歩行者と、朝早くからのクルマの渋滞である。ダウンタウンとはいえ(いや、だからこそなのか?)首都の一角である。このラッシュはすさまじい。一体、この大量のクルマはどこに向かおうとしているのだろう?それにしても、昔はこれほどじゃなかったような記憶があるのだけれど…。ただの思い違いか、ここ数年の経済発展の証なのか…?
昨晩の疲れがどっと出ているのに、今日も、朝早くから目が醒めてしまう。身体はともかく、頭がまだ興奮しているのだろう。朝からSさんと「お腹すいた」の大合唱。朝食を取ろうと、1階のレストランに朝7時に出向いていったのだが、あいにく「7時半まではバータイムだ(なんだそれは!!)」と言われ、すごすごと引き返した。
8時前に再びレストランに出向き、朝食を取る。2人とも「お腹がふくれれば、また眠くなるかもしれない」という思いもあったようだ。食事が終わっても席を立たず、くっちゃべっていると、オキナワ2人組もレストランに降りてきた。そこでまたコーヒーを飲みながら本日の予定の確認。
--夕方までは、まず、ポート・オブ・スペイン市内(といっても中心街だが)を散歩。次に懸念事項となっていたFAXは諦め、日本へのレポートをDHL(国際ビジネス郵便)で送ることにする。--ということで、行動開始!
さて、まずはポート・オブ・スペイン市内観光?である。ホテルから大通りを東へ向かい、銀行街へ直進。かなりの人通りの多さに一同、ビックリである。既に「私どこ歩いてんのか全然わかんない」との声。当然だ。なぜなら道案内の僕自身が、最初は北に向かっていると思っていたのだから(僕の頭の中にあった市内地図は、なぜか時計回りに90度ズレていた)。
どんな都市でもそうであるように、業種が店ごとに固まっているのは、ビジターとしてありがたい。ポート・オブ・スペインもまた然り。彼女たちはいきなり靴屋や服屋に入っては、「これよくない?」「かわいい~」を連発していた。これは趣味とか嗜好ではなく、はっきり言って女性の習性のようなものである。服屋で買い物、おみやげ屋で買い物。意外と時間を食う。僕はいいが、ほとんど一睡もしていないはずのSさんは案の定、昼前には「ネムイ」「疲れた」を連発し始めた(笑)。少し足どりを早め、独立通りを西進してDHLのオフィスを目指す。
途中、モールの中にポストオフィスを発見する。知らないうちに民営化していたようで、会社名?の末尾には「corpolate ltd.」の文字が…。かわいい切手なので彼女たちは買い込んでいた。たぶんお土産用なのだろう。なお後で聞いた話だが、正確には民営化されたのではなく、既存の(官営の)郵便局はそのままに、新たに民営の郵便会社が作られた、とのこと(ちょっとビックリ)。小荷物ならともかく、郵便局の競合相手とは! ま、それは余談。
ほどなくして、DHLのオフィスに到着する。以前、「日本に残してきた仕事のトラブル」という、極めて好まざる理由でお世話になったDHLに再びお世話になるとは夢にも思わなかった。今回の方はよっぽどポジティブな使い方ではあるが…。この頃になるとSさんは完全にグロッキー状態で、何故か僕が彼女の荷物の梱包をしている有り様だった。普通の大型封筒サイズの荷物の輸送費、日本へは32US$である(支払いの基本はTT)、レートの関係からか、料金改定がなされたのか不明だが、以前よりかなり安くなっている。以前は50US$ほどだったと記憶しているのだが。これなら多少のタイムラグはあるものの、FAXよりはよっぽどマシである。何と言っても、日本へたった2営業日で届くはずなのだから。
結局、ホテルに戻ったのは午後2時頃だったろうか。それからレストランで取った昼食は完全なローカルメニューで、いろんなイモがごてごてに入ったビーフシチューである。意外と薄口で、塩や胡椒で味を整える。まあ、うまい部類に入る…かな。夕方は、夜の行動に備えて仮眠を取ることにする。僕もかなり眠かったのだが、不思議なことに全く寝付けない。おかしなものだ。
ベッドの上でごろごろを繰り返したが、どうも落ち着かないので、一人で街に出ることにした。目標は、かつて足を運んだレコード屋である。そこで楽譜やCD、スティックを買おうと思う。かなりおぼろげな記憶で、道に迷いながら、なんとかたどり着く。意外とホテルに近かった。以前と全く変わらないたたずまいで、内心ほっとした。レコード屋では、CDやスティックをまとめて買い込んだ。なおかつ、ダブルテナーとダブルセカンドの教則本も購入。ダブルテナーは同郷のよしみであるK氏(でも東京在住)へのおみやげ、ダブルセカンドはもちろん、自分へ。ただし、使うことは永久にないだろうけど…。
ホテルに戻ったら、既に午後5時を過ぎていた。そこから無理矢理寝ようとしたが眠れず、しかし夕暮れの頃に中途半端に眠気が襲ってきた。タイミング悪いなぁ…。
今晩、Sさんとオキナワ2人娘たちは、マギーたちとパンヤード巡りをするらしい。しかし今晩は、サバンナ公園にて、ソカ・クラッシュSoca Clashという大きなイベントが行われることを新聞で知った。これだけのカリプソ&ソカのシンガーを一度に聞くチャンスは、滅多にない。さんざん迷ったあげく、僕はソカを取った。という訳で、今日は彼女たちと別行動である。
トリニダード・タイムを見越し、開始時間より少し遅れて8時45分ごろサバンナに向かう。しかし今回は少々、考えが甘かったようだ。既に満席に近い雰囲気である。チケット売場近くにはダフ屋?がいて、指定席を通常80TTのところ、70TTで買わないかという。しかし指定席は、(周りがみんな観光客で全然盛り上がらないとか)今まであまりイイ思いをしていなかったので、あえて自由席を60TTで購入した。
入場すると、やはり場内は満席状態。自由席のベストなポジションはどこも空いていない。仕方なく、最上段近くに陣取ることと相成った。さて、ステージは最初からトバシまくるソカかと思いきや、スタートは意外とソフトなカリプソナンバーから始まった。会場をよく見れば、まさに老若男女の顔ぶれである。そう、日本で言うところの、まさに紅白歌合戦の様相だ。どんな世代にも親しめるナンバーを用意しているのだろうか。
実のところ、トリニダードに何回も足を運んでいながら、パンに比べれば、トリニダードの歌謡曲であるカリプソやソカは、全く不勉強に近いのだ。いや、無知と言った方が正しいほどだ。思い起こせば5年前、何もわからずに初めてトリニダードに足を踏み入れたときに、初めてソカを聴き、ワインダンスを見たときは「何なんだコレは!!」という嫌悪感が走ったことを今でも鮮明に覚えている。「自分はスティールパンを聴きにやってきたのに、何でこんなガチャガチャした音楽がウケるんだ? 頭おかしいんじゃないか。全く、うるさいったらありゃしない!!」と、真剣に思ったものだ。
トリニダード初体験は、自分の思い描いていた「理想」と「現実」とのギャップが余りにも激しかった。「何かが違う、何かが違う…」。当たり前だ。自分はアンディ・ナレルからパンに入った人間なのだから。だからパンにしても、どうもカリプソやソカの曲を演奏されるのは、イマイチ、気分が乗れなかった。今だからこそ言える話ではあるのだが。
しかし、である。いつの頃からだろう、ソカが不自然なく、身体に馴染むようになってきたのは。特にソカである。押しまくり&ノセまくりの情緒のかけらもない、ある意味、暴力的な音楽。それは、ダンスミュージックに共通していることだが、人間の動物的な側面を呼び起こさせてくれる。だからこそセクシュアルなワインダンスがよく似合うのだ。
パンは心安らぐ癒しのサウンドである。それがどれほど激しいビートを刻み、重低音が炸裂していようとも。そして、ソカは? 誤解を恐れず言うならば、僕にとっては扇情のサウンドなのだ。怒涛のリズム。シナプスを充満させるメロディライン。<癒しと扇情>--。この対局を為すような2つの要素が複雑に絡み合って、トリニダードの音楽は成り立っているのかもしれない。もちろんそれ以外の要素があることも、百も承知しているつもりだが。
さて、ソカ・クラッシュのステージ自体は悪いものではなかった。しかし問題は体調の方だ。やさしいカリプソの響きが子守歌替わりになり、MDレコーダを落としてしまうほど、睡魔が襲ってきてしまった(ぜんぜん“クラッシュ”じゃないじゃん!!)。気分転換にスタンドから席を立ったら、タイミングの悪いことにステージはいきなりソカの盛り上がり大会となり、スプライトを飲んでいた僕は、慌てて席に駈け戻った。
新曲「the ground troops」を高らかに謳うデビッド・ラダーDevid Rudderから続くソカに、ムードは白熱し、トリにはスーパーブルーSuperBlue。シルバーのラメラメに包まれた(笑)彼は「Pump Up」でトバしまくった。旬の大御所を最後に用意するという演出で、会場は熱狂的なムードに包まれて終了した。
グランドスタンド最上部だったということもあり、パンのイベントに比べて欧米人の姿は比較的少なかった。東洋系の顔立ちとなると…誰もいない(爆)。この広い会場に僕だけ? それはまさかネ…。
ソカ・クラッシュの終了後、少し危険かとも思ったけれど、そのまま歩いてレネゲイズのパンヤードに足を運んだ。しかしクローズしていたので素直にホテルに戻った。時計は深夜1時を優に回っている。バーでパワーブックを開き、カタカタと日記をつけていると、Sさんたち御一行も帰還。いろんなパンヤードをマギーたちと回ったらしく、特にフェイズIIPhase II Pan Grooveのパンヤードでは、大物パンマンのブグジー・シャープRen“Boogsie”Sharpeや、アンディ・ナレルと話までしたという。なお、帰りはそのまま、例のアレンに送って貰ったそうだ。かわいそうなアレン…(^_^;)。
あんまりにも楽しそうだったので内心は少し悔しかったが、こちらはこちらでD・ラダーもスーパーブルーも見れたし、満足している。まぁいいかと思うほかない。
 

■2/29 --Pitch Lakeにて

今日はマギーと、その友人たちと一緒にドライブに行くことになった。マギーのスイートハートであるデニーズDennysは、ドイツ在住のトリニダーディアン。カリプソニアンとして、広い顔を持っている。そのほか、スイス人が数人同行した。
僕らはいつものように、チャーターは「アイラブユー」に頼み、ピクトン・ストリートPicton Street周辺のマギーの滞在先まで向かった。アイラブユーも、これほど何回もチャーターしていると慣れたものである。女の子3人を全員「ワイフ」と呼び、「ワイフNo.1?」と、気軽に冗談をふっかけてくる。
ドライブの行き先はよくわからない。マギーやデニースたちが乗ったクルマを追いかけて、僕らは延々、ハイウエーを南下した。「行き先はどこなん?」と僕が聞くと、「サン・フェルナンドSan Fernandoらしいよ」とSさんの答え。そうか。じゃ、1時間くらいはクルマに乗り続けるのだろう。
しかし、クルマはサン・フェルナンドを、当たり前のように通過してしまった。あ、あれれ? まさかデニーズのこと、道に迷った訳ではないだろうけど…。ちょっと不安。
途中で、家に立ち寄ること1回(デニーズの親戚らしい)、雑貨屋でビールを飲むこと1回。それ以外は、ずっとクルマに乗りっぱなしだ。山あり谷ありの小さな道だが、まだ舗装されているだけマシか。山ぎわにたたずむ家は、首都ポート・オブ・スペインより民家が明らかに質素になっている。乱暴にいってしまえば、ほったて小屋だ。そう、数年前ドミニカ国で見た光景そのまま。トリニダードでも、田舎に行けばこんなロケーションが広がっているのだ。
到着したのは、サン・フェルナンドより更に10キロほど南に下がった、山にも海にも近い、小さな村だ。ここにはデニーズの妹夫婦が住んでいるらしい。家はシッカリしたコンクリート製で、それまで道すがらに眺めてきた家と比べると、決して貧しいとは感じさせない雰囲気だった。そこでローカルフード(チキンの煮込みやピラフなど)やドリンクをご馳走になり、歓談の輪が開いた。といっても、英語の渦の中なのでかなり苦しかったが…。
マギーの連れのスイス人グループは、スイス・エアのアテンダントらしい。いかにも旅慣れているといった風情である。欧米人だからそう見えるというのもあろうが、やはり仕事柄なのだろう。かたやデニーズは気分がよくなったらしく、自慢の喉を披露してくれた。楽しくて、少しだけもの悲しげな、伝統的なカリプソだ。自分の家族や今日の仲間を引き合いに出し、冗談を交えて即興で唱う。ニクいね。
 
折しも、学校帰りの子どもが列をなして家に戻ってくる最中だった。デニーズ妹の家にも、まだ小1くらいの女の子と、小3くらいのお兄ちゃんが帰ってきた。女の子はすごくシャイで、照れてずっと下を向いたまま。HさんとTさんは「かわいい~~~!!」を連発して写真を撮っていた。お兄ちゃんの方は子どもながら「うー、大きくなったら女をいっぱい泣かすだろうなあ」という、凛々しい面構えだ。
かなりゆっくりと時間を過ごし、家を後にした。道で会う子ども達は東洋人がすごく珍しいようで、一気に注目が集まったり、「チャイニーズ?ジャパニーズ?」と話しかけてくる。無垢な瞳が可愛らしい。
次に向かったのは 、ピッチ・レイクPitch Lake という観光地だ。観光地と言っても、何があるのか見当がつかない。アイラブユーにピッチ・レイクの説明をしてもらったが、何を言っているのか僕の英語力ではチンプンカンプン。ただ、「…アスファルト…」という言葉が聞き取れたが、それが何を意味しているのかは全く見当がつかなかった。さて、時速30キロ以上は出せないような長く長く続く凸凹道を走り、着いたところがピッチ。レイク。レイクというからには「湖」だと思っていたので、てっきり「火山湖のようなものかな」と想像していたのだが、それは全く予想とは違う姿をしていた。
いわゆるPitchというのは、天然のコールタールのことだった。そう、コールタールの湖なのである。ガイドブックによると、世界で3つしか存在しないらしい(ほんまかいな)。半固形をした地面は真っ黒で、所々に水が溜まっている。朝一番にブルドーザーでタールを取るが、地面から湧き出るようにタールが隆起し、永遠に枯れることはないのだそうだ。所々で液状化したタールがある。油成分なので、手を水につけていれば、触っても手が汚れることはない。一部はまだ熱いようで、「触るな」と言われてしまった。
余談だが、ここにはオフィシャルのガイドとノットオフィシャルのガイドがいるようで、ノットオフィシャルは強烈な売り込みのあげく、断ったら散々の罵倒の言葉を残して去っていった。
ピッチ・レイクを出た時間が、既に6時近くになっていただろうか。ポート・オブ・スペインに帰った頃には7時を30分ほど過ぎていた。マギーたちのクルマとは途中ではぐれてしまい、アイラブユーは気をきかせて? 夜景の美しい高台に案内してくれた。今まで、このスポットの横を通過したことはあったが、ポート・オブ・スペインの中では絶好のデートスポットなのだろう。きらきらとした夜景は実にロマンチックである。よく見れば、セントラルバンクのツインビルも見える。いくらゴミゴミした街だろうと、ここでは光に美しく彩られている。
いったんホテルに戻り、しばしの休憩したあと、夜10時頃から動き始めることにした。その間、少し横になろうと思ったがなかなか寝つけず、仕方なく散歩がてら電話を日本にしようと公衆電話を探しに出かけた。ところが、なかなか正常に動く公衆電話が見つからないのだ。そうこうしているうちに、レネゲイズのパンヤードまでたどり着いてしまった。用事があった訳ではないのだが、とりあえず「知ってる顔には挨拶しとこう」と思い、パンヤードの中を覗いた。
バー近くにアンソニーがいたので、「10時過ぎにまたみんなで来るから」と、とりあえず声をかけた。ついでに「日本に電話をかけたいんだけど、どうも公衆電話が故障ばかりなんだ。どこかに知らないか?」と聞いたところ、となりにいたアントニーの友人が電話会社の社員だったらしく「案内してあげる」と言ってくれた。こいつはラッキーだ!
わざわざ、勤務先の電話会社前までクルマで送ってもらい、再度、日本へのコールをチャレンジ。ところが通じない。いろいろと試しているうちに、根本的にテレカの使い方を間違えていたことがわかる。要はテレカではなく、スクラッチの番号で入力するプリペイドカードなのだ。そして電話番号の前に、国際電話の認証「011」を入れる。ここがいつもしくじっていた場所だった(その社員は最初、国際電話ナンバーは001と言い、つながらないことがわかると、01と言い、最後には守衛に聞いていた…オイオイ)。
しかし、である。ここまでして電話したものの、結局は先方の担当者が不在だったため、それから何度もかけ直すハメになってしまった。ったくもう…。
散歩の途中で確認したのだが、付近のレストラン(というよりは大衆食堂)は午後10時にはまずほとんどが閉店してしまう(中には8時半とかいう早い店じまいもあった)。ということは、今から食事とはいっても、あいにくケンタッキー程度しか開いていないということになる。という訳で、Sさんたちと合流した後の夕食は、ケンタと相成った。
ちなみに、カリブ人は総じてチキンが大好きだ。だからファーストフードも、マクドナルドよりケンタッキーが幅をきかせている。店も年々、増えているようだ。値段もその国の物価に合わせているため、日本よりはるかに安い。セットで15TTやそこらだから、300円程度なのだ。僕は日本ではほとんどケンタの店には立ち寄らない人間なのだが、トリニダードでは本当によく利用している。
ケンタで空腹を満たし、連れだってレネゲイズのパンヤードに行く。ほとんど海外旅行の経験がないといっていたHさんもTさんも、もう慣れたもので、自分からスタスタとお気に入りのリスニングポジションに歩いていく。僕はというと、ギャラリー用のスタンドに座って、ゆっくり「観戦」だ。
パンヤードを覗きにきたのには、もうひとつ理由がある。実はSさんたちの昨日の話では、米パンヤード社Panyard.Inc(スティールパンや周辺器具の製造販売を行っているアメリカのメーカー)のファミリーがこちらに来ている、とのことだったのだ。パンのセールスとバカンス、社員旅行を兼ねているらしい。ざっと眺めてみると、いたいた! 黒いプラスチック製のハードケースを開き、熱心にテナーを叩いてパンマンや観光客に売り込みをかけているパンヤード社のスタッフが…。でもパンヤード社のパンって高いからなぁ、アメリカ人はともかく、トリニダード人が気安く買える値段じゃないと思うんだけど…(^_^;)。
見学のあと、最後にはいつものように(笑)、アレンがアッシーとなってホテルまで送り届けてくれた。いつもながら、スマン。アレン。
 

3/1 --パンヤード巡礼

今日は忙しい1日になりそうだ。というのはSさんが、パンヤード社のメンバーと、いろいろと約束を取り付けているからだ。なんでも昼食を一緒に取り、それからフェイズIIのパンヤードで行われるらしいコンサートに行くらしい。
僕は僕で気になっていたことがある。あの空港で会った(ロビンソン家にホームステイしている)Oさんは、元気にやっているだろうか。それに、2年前にさんざんお世話になったロビンソン家だ。ママにもイアンにも、カティアン(カートの奥さん)にも、本当は会っておきたい。という訳で、朝イチでロビンソン家に電話し、ママと話をした。元気そうだ。Oさんも、なんとか元気にしているようだ。聞けばOさんは、今日カティアンやイアンとともにポート・オブ・スペインに来るという。折角なので、Oさんと飛行機を共にしたHさんやTさんと一緒に、朝10時半にマクドナルドで待ち合わせをすることにした。
予定より少々遅れて、マクドナルドに入ってきたのは、Oさんを連れたカティアンだった。久しぶりに会うカティアンは少しふっくらしたかもしれんが、相変わらずチャーミングな「できた嫁」だった。イアンは近くの銀行に行っているということで、マクドナルドには顔を出さなかった。英語の出来ないOさんは、久しぶりに日本語が話せてかなり嬉しそうだった。今日はおみやげショッピングのためにポート・オブ・スペインに来たらしい。
時間を気にしているHさんやTさんとはここで別れ、後で合流したイアンたちと、おみやげ買いに付き合うことにする。モールやみやげもの屋をくるくる廻り、ああでもないこうでもないと時間を気にしない姿は、トリニダーディアンの真骨頂といえる。それにしてもイアン、髪型を変えたらマイケルとあんまり区別が付かなくなっちゃったな…(^_^;)。街なかは明らかに欧米人風の観光客の姿が増えだした。少しずつ、賑やかな街の雰囲気になってきたことを実感する。
午後1時30分頃、ホテルに戻る。僕はそれからインターネットカフェを探す予定だったので、Sさんたちとはあらかじめ、フェイズIIのパンヤードで落ち合おうと約束していた。ところが、彼女たちはまだホテルのレストランでたむろしていた。「結局、お昼はフェイズIIのパンヤードで食べることになったのよ~」と、Sさん。僕には好都合だ。パンヤード社の人らは、1時45分に迎えに来るらしい。折角なので僕も合流させて貰うことにした。
彼らはタクシーでやってきた。その顔ぶれを見たら、昨日レネゲイズのパンヤードで会ったアメリカ人の姿も見える。てっきり観光客だと思って、話しをしていたのに、パンヤード社のスタッフだったとは! あれれれ…、気づかなかった。
とりあえず、フェイズIIのパンヤードへ。話では、ここで2時頃からアンディ・ナレルやブグジー・シャープのライブがあると聞いていたのだが、ライブが行われる気配すらない。おかしいなあ…。仕方なく一同、近くのピザハットで昼食を取ることにする。
アメリカ人の英語は、やさしく話してくれれば理解しやすいが、日常会話となれば途端にヘビーとなる。会話の輪に入るのが大変で大変で、気が弱い僕としては、チョット疲れてしまった。なお、僕が昨日、観光客だと思って話しをしていたフォークFolkは、ペプシのピッチャーを一人で飲み干した。おそるべし…。
ピザハットではかなりゆっくりと時間を過ごし、フェイズIIのパンヤードに戻ると、既にライブが始まっていた。小編成のパンジャズ・ライブという雰囲気だ。他の楽器やボーカルと合わせるのも、ひとつのパンの魅力である。アンディの姿はなかったが、まぁ、いいとしよう。
際だってアグレッシブなダブルセカンドのプレイに、みんなの目が釘付けとなった。そう、彼こそがブグジー・シャープだ。僕もナマで見るのは初めてだ。しかし、何が驚いたかって、その変貌ぶり(笑)。アルバムのジャケットで見る限りでは、もっと若くてスリムな人物のはずなのだが…。今は、太っちょで頭の薄いオヤジである。一体、どうしてこんなお姿に???!!! 彼の後ろに置いてあったパンケースを盗み見ると、マイアミのタグが貼ってあった。おそらくマイアミ在住なのだろう。しかし外見とは裏腹に、演奏は存在感抜群だ。特にアドリブ?の部分はシビレまくった。早弾きは当然のこととして、メリハリのついた完成されたサウンドは、気が短いけど優しそうなオヤジの外見そのままのサウンドだ。
いいライブだった。最後にはボーカルが入り、なかなか聴かせてくれた。終了を前にして会場を後にしたが、その後ろから「ノーウーマン・ノークライ」が聞こえてきて、この歌が大好きそうな沖縄2人娘は「聞きたかった~!」と悔しそうだった。
彼らのホテル(ケイポック)で2時間近く時間をつぶし、そのまま新たなパンヤードへ出発。今度こそアンディのライブがあるという(本当か?)。車は一路、南へ。行き先は、サンフェルナンドだ(…またか!)。
車に揺られて1時間弱。着いたところはサンフェルナンドのバンド、スキッフル・ベンチSkiffle Bunchのパンヤードだ。よおく見ると、アンディが中でバンドの指導をしている。そうか、スキッフル・ベンチはアンディがアレンジャーを努めているスティールバンドだ! そういうことか…、謎が解けた。
しかし、と思いをめぐらす。いくら実績のある彼といえど、所詮はジャズ畑の人間だ。しかも生粋の白人ニューヨーカーである。素人目ながら「パノラマのアレンジやって大丈夫なんかな~?」と思うのも無理からぬところだ。しかし、いちど演奏を聴いてそんな心配は失礼ということがよくわかった。彼の個性が前面に出た、独特の深みがあるアレンジだ(曲そのものも、彼自身のもののようだ)。他のアレンジャーだったら絶対に使わないようなマイナーコードや、部分的にあえて音数を減らした確信犯的なアレンジは、日本人やアメリカ人にはウケがいい(ただし肝心のトリニダード人がどう思うかは不明だが)。
憧れのアンディが目と鼻の先にいる。一度はアンディを会話をしたいと思っていた。しかし今は無理だ。練習の最中は顔がピリピリしている。早く休憩時間にならないか…。
そのうち各自練習が始まった。気がつけばアンディは、僕が座っているベンチのすぐ後ろで、パンヤードのスタッフと立ち話をしている。チャンスだ!
彼らの方へ向かうと、パンヤードのスタッフがアンディに僕を紹介してくれた。あまり長い話も失礼と思い、ひとことふたことで済まそうと思ったが、肝心の言葉が緊張して出てこない。やっと、たどたどしい英語で「あなたのダウン・ザ・ロードがなかったら、僕はパンをやっていなかった。ありがとうございます」とだけ言うと、アンディは少しだけニコッとしながら「サンキュウ」と言ってくれた。これだけで幸せだ。
7年がかりで僕をここに導いてくれてありがとう。アンディ。
アンディに会えた。今日はこれだけで、100%満足してしまった。帰りの車中では猛烈な睡魔に襲われ、手にしていたビールもこぼしてしまった。彼女たちはホテルに帰ってからも楽しそうにしゃべっていたが、この日ばかりはアンディに会えた満足感と極度の疲労で、ばたっと倒れ込むように眠ってしまった。

3/2 --懐かしのデスペラードス

Sさんは朝からマギーの家に出かけていった。パンの購入について相談をするためだ。それに便乗して、僕は3つのテナーを買うつもりだ。
11時にマギーとデニーズがホテルに来て、港近くに案内された。そこで実際に作っている。できたてピカピカのパンや、まだメッキが施されていないボアパンなどが雑然と置かれている。「こんなのでどうだ」という感じで段ボール箱から取り出されたロウパンは、柔らかな音の上質品だ。みんな第一印象だけで「いい!」と即決してしまった。受け渡しは土曜日だ。
タクシーターミナルで遅い昼食を取り、僕はそのまま街に居残って(マギーに教えて貰った)インターネットカフェを探す。それはショッピングモールの2階にあった。インターネットカフェではなく、コンピュータショップだ。ちょうど使用中なので、20分ほどの待ち時間でデビッド・ラダーのCDを購入した。さて、時間通りにインターネットカフェに再入店。ここで困ったのは、IEに日本語がインストールされていないことだ。諦めてローマ字でメールを打った。
街では小さな子どもがパンを叩いて、日銭を稼いでいた。いわゆるストリートミュージシャンだ。観光客はいいお金を放り込んでくれるのだろう。
ホテルに戻ると、ちょうどPekejさんがやってきた。後発組が、日本で買ってきたおみやげをPekejさんに渡す。「ひよこ」と緑茶だそうだ。僕は先日あげそびれた、少年マガジンを渡した。ふぅ。さて彼の話によると(新聞に書いてあったそうだが)、セミファイナルの結果でかなりパントリンバゴがモメているそう。予選トップのバンドが中くらいの成績となり、それよりもパンベリの最下位での落選ということが火種となったようだ。「不正が行われている」から始まり、落選チームの言い分に至っては「ま、仲良くファイナルもみんな出ようじゃないか」という妙な理屈が出ているらしい。それに対してファイナリスト組からは「だったら俺たちはファイナルをボイコットする」と言い出しているとか…。数年前にも似たようなことでモメていると聞いたことがある。全く「懲りない面々」だなぁ。
夕方はフリータイム。というより、みんなくたばっている。そりゃそうだ、これだけのハードスケジュールをこなしているのだから…。
僕は、その晩はイアンと合流した。デスペラードスとフェイズII、最後にレネゲイズのパンヤードに案内してくれる、ということだ。山を上り上り、たどり着いた2年ぶりのデスペラードスのパンヤード。相変わらず一種異様な雰囲気だ。「写真をとっていいか」とイアンに聞いたところ、あんまりいい顔をしなかったので、やめておいた。レネゲイズに比べると、全くフレンドリーな雰囲気は感じない。それどころか、あからさまに「オマエ何しに来たんだ」という顔さえするメンバーもいる。イアンがいなかったらとても来れる場所ではない。
ただし、演奏はさすがにうまい。まだ早い時間なので、部分的な練習しか見れなかったが…。
10時近くまで練習を見学し、帰路についた。最初の話ではフェイズIIとレネゲイズのパンヤードにも一緒に行くはずだったが、何故か早めに帰りたくなったようで、ホテルに戻されてしまった(カティアンが明日朝5時起きというのが影響したのか?)。
予想外に早めの帰宅である。当然、Sたちはまだ帰ってきていない。なんかヒマだ。「まあいいや、少し休憩してからレネゲイズのパンヤードにでも行こうか」。そう思って仮眠を取ったら動けなくなってしまい、そのまま朝を迎えてしまった。熟睡している僕が延々と見ていた夢は、何故か中学時代の同窓会を、築地の寿司屋でやっているというものだった。トリニダードで築地…(爆)。
そうそう。ホテルのレストランに入ったときに、欧米人が多いことには驚かされた。いよいよカーニバルのカウントダウンが始まる、ということか。

3/3 --旧友?再会

昨晩が早かったので、当然ながら朝早くから目覚める。Sさんご一行は、朝方のご帰還だったようだ。昼食後、Cocoさんから電話が来た。
Cocoさんとは--。僕の知っている日本人の中で、もっとも強烈なカリプソ/ソカ・マニアだ。彼女との出会いは実はもう5年も前、初めて僕がトリニダードに行ったときの事だ。当時、右も左もわからなかった僕がパノラマのセミファイナルをスタンドから見ていたとき、ふと目にしたのが、同じスタンドに座っていた彼女--Cocoさんだったのだ。トリニダードで日本人に出会えたこと自体が嬉しかったのだが、残念ながらそのときは、それ以降は会えず終いになってしまった。連絡先も聞いていなかったので、日本に帰ってからもコンタクトを取れず……。しかし、いい時代になったものだ。今年に入ってネット上で(何故か)再会を果たし、「では来年のトリニダードで会おう」と約束をしたのだ。
彼女は「夕方にいちどホテルに顔を出すヨ」と言って電話を切った。
銀行へお金をおろしに行く。今日(金曜日)を逃したら、カーニバルに突入してしまう。となると、次に銀行が開くのは水曜日…(キャッシュコーナーは24時間稼働しているのでまだ救いはあるが)。それにしても、銀行や電話会社などが、犯罪防止のため?軒並みバリケードを築いているのには驚いた。やはりカーニバル期間中には、いろいろと犯罪が多発するのだろうか。
今日は一人で昼食である。すぐ近くにある大衆食堂風の中華料理店はテイクアウト専用だと思っていたが、店内飲食のスペースがあることを発見。しかも薄暗く、夜はレストランバーのようになるようだ。中華料理店といっても、オーナーのオヤジは商売上手風なインド人。ここでローミェン(野菜炒めのせのチャーハン)をいただく。昼からカリブビールを2本飲んで、けっこう上機嫌となってしまった。
午後からSさんたちについて行動する。というのも、AjaというSさんの友人(日本人)が、ダンスホールでトリニダードのトラデイショナルなダンスを披露するらしいからだ。「友人の晴れ舞台、これは見に行かねば」ということらしい。
着いたホールは特に何があるわけでもなく、ただステージ上で練習が繰り返されていた。話をよく聞いてみると、ステージではなくワークショップとのこと。それでも現地インストラクターについてダンスを覚えるさまは、見ているだけで非常に楽しいものだった。
講師のリーダー的な中年婦人は、足が悪いらしく杖を常用している。それでもステージに上ると見違えるような華麗さで動く。足以外の筋肉でカバーしているのだろうか。今でこそ少々ふくよかな身体ではあるが、足も長く、姿勢もいい。若い頃はさぞや美人だったのだろう。練習前に、少しだけその先生と話した分には、やはりトリニダードのトラディショナルダンスはアフリカのものが基本である。それにいろんな要素のダンス-インドやヨーロッパなど-がミックスして成立したのだとか。なるほど、一口にトラディショナルといっても奥が深い。
ワークショップはスティールパンの音楽(キッチナーのPan A-Minor)に合わせて行われた。最後にカーニバルの衣装に身を包んで、4人の男女が交互にダンスを披露してくれた。Ajaさんのほか、他の女性は白人である。男はトリニダード人なので、教える側の人だろう。なお、この場には関西人のカップルが見学に来ていた。彼らはパーカッションに興味があってトリニダードに来た、とのことだ。なんだかんだ言って、今年は日本人もいっぱいトリニダードに来ているようだ。
夕方に買い物のため中心部に出かける。ものすごい人の多さに少々うんざりする。何てったって明日(土曜)から火曜まで、社会が崩壊するのも同然なのだ。正月に備える日本の歳末セールみたいなものか。
ホテルに戻ってからすぐに4人で外出。今晩はパン・アラウンド・ザ・ネックpan around the neck(ベルトで吊したシングルパンのパレードで、40人ほどの編成)のコンテストとソカモナクが重なっている。ソカモナクとは、その年のソカのチャンピオンを決める祭典だ。(レコード大賞・ソカ部門みたいなものか?)両方とも見たい僕は、9時頃までパン・アラウンド・ザ・ネックの演奏や練習を見、その後に一人でソカモナクに行くことにした。
パン・アラウンド・ザ・ネックの会場は、インディペンデンス広場付近。ここでマギーと待ち合わせ、彼女から一人のスイス人婦人を紹介された。彼女もまたパンをやっているとのこと。いやあ、スイス人のご婦人方は元気である。「神戸に友人がいる」とか、「新幹線で見た富士山はきれいだった」とか、自分でいろいろとしゃべってくれるから英語力に問題のある僕としては助かった。
パン・アラウンド・ザ・ネック自体は、2年前にもアリマで見たことがあるが、今回の方が迫力を多分に感じさせるものだった。また演奏とは関係ないことだが、バンドは総じて女の子のメンバーが多く、パノラマに比べて、なんていうのか、華がある。しかもユニフォームはアロハ(しかも青などで涼しげ)などカラフルなものが多く、見た目にも洗練されていた。これは見習うべきことだ。ただ残念なことは、暗闇の中で撮影した写真などはほとんど全く写っていなかったことだ。演奏のジャマをしてはいけない、とフラッシュを焚かなかったことが失敗の原因。
パン・アラウンド・ザ・ネック結局10時頃まで見物し、いったんホテルに戻る。しかし疲れていたのか、一度休憩したら起きあがれなくなってしまい、結局12時頃までベッドの上で倒れていた。無理矢理に身体を叩き起こし、タクシーでソカモナクの会場にたどり着いたのは午前1時前くらいだったろうか(イベント自体は明け方までやってる筈なのだ)。
会場は中も外も、ものすごい人、人、人。スタンドこそ空席が少々目についたが、それ以外はまさに「人だかり」である。こうしてステージを見ると、素人にはみんな同じに聞こえるソカのサウンドでも、アーティストによってかなり盛り上がりに差があることがわかる。意外とそこら辺は、観客も冷静に見ているようだ。
今年のソカモナク最右翼はスーパーブルーSuperBlueである。彼はステージのトリを努め、そのまま会場はワインダンス大会に…。あちこちで繰り広げられるセクシュアルなダンスに圧倒されっぱなしである。周りはというと、日本人どころか、東洋人の姿もまるで見かけない。当然、ソカを聴きに来る僕のような日本人に興味があるらしく、オマエもワインがしたいのか?と聞かれる。ここまできたら、やるしかないか!
戸惑いながらもチャレンジすると意外と難しいのだ、これが。特に腰のグラインドが…。何よりも、ああ、やっぱ恥ずかしい。誰とでもあっけらかんとワインができるトリニが羨ましくもあり、ちょっぴり日本人でよかったなと思うこともあり。気分は複雑だ…。
午前3時頃に会場を後にし、レネゲイズのパンヤードへ顔を出したが、既に練習は終わっていた。居残っていたアンセルムにだけ声をかけ、ケンタッキーを買ってホテルへ戻る。それにしてもトリニダード人は本当にケンタが好きだ。僕もつられて、日本では滅多にケンタなぞ行かない僕も、2週間の滞在で日本での3年分くらいのケンタを食べた気がする。店にホッとソースが備え付けてあるのが、トリニダードのケンタッキーのいいところ。ホットソースの味とケンタが、また合ってウマイのだ。
ホテルに戻り、いつものように1階レストランでケンタをぱくついていると、上機嫌でソカモナクから戻ってきたスェーデン人ピーターとその彼女(ノルウェイ人)のカップルが話しかけてきた。昨日、半年中には結婚をするらしい。フレンドリーに楽しく会話をさせていただいた。有り難う。
就寝は午前5時を回っていた。
 

3/4 --Despers凱旋

今日は、いよいよ「パノラマ・ファイナル」の当日だ。セミファイナルの時点ではエクソダスExodusがトップに立ち、前年の覇者であるデスペラードスDesperadoesはその後塵を拝している。エクソダスが逃げ切るか、デスペラードスが土壇場でうっちゃるか、はたまた第三のバンドが伏兵として現れるか--興味はつきない。日中はわりかし忙しく、昼食に昨日と同じ店で中華料理を食べ(この日は焼きそばだ。お決まりのホットソースをかけると更にウマイ!)、あれこれと過ごしていたらいつの間にか夕方になってしまった。
パノラマファイナルは午後8時からの開始である(時間通りに始まるとは思えないが)。席の確保のため、7時30分にはサバンナ会場に入った。ここで問題発生。なんとグランドスタンドの席はすべてソールドアウトになっていたのだ! あちゃー、と溜息が漏れる。しかし、そんな時にこそダフ屋さんの出番だ。通常120TTのところ、200TTで手を打つ。高いが、背に腹は替えられない。そしてもうひとつ問題が発生。Sさんはマギーたちと夜9時に外で待ち合わせをしてたのだが、ファイナルの再入場は無効と言われてしまったのだ(セミファイナルはOKだったのに…)。
「じゃ私、とりあえずココに残ってるわ」というSさんを残し、沖縄2人娘と僕は、先にスタンドに入場することにする。「スペシャルリザーブだよ!」とダフ屋に言われた席は、スタンドのかなり上の方だった。ダメじゃん~!と思ったけれども、それでも座ってみると、意外とステージが見やすくホッとした。
「なんか、勝手が違うなあ」と思う。2年前はゲートでもらえたプログラム(出場バンドの順番が書いてある)が今年はもらえない。ビールの売り子も締め出されているようだし、年々、システムや規制が変わっているようだ…。とりあえず席を探し(一度間違えて座ってしまった)、ひと段落。僕だけ彼女たちとは違う列で、一人黙々とパノラマ観戦と相成る。
今年は例年になくシャキシャキと進行が進む。珍しいことだ。顔ぶれは例年の常連がズラリ並ぶが、前半はカリブ・トーキョーCarib TokyoやスターリフトStarliftなどの(言い方は申し訳ないが)3A組。後半にはレネゲイズやフェイズIIパン・グルーブPyase II Pan Groove、デスペラードス、エクソダスといった「本命どころ」が控えている。見どころはやはり、デスペラードスがV2を達成するか、それともセミファイナルでトップに立っているエクソダスがそのまま突っ走るか--という点だろう。
さて、いよいよのパノラマ・ファイナルの開幕だ。
アンディ・ナレルがアレンジャーを努めるスキッフル・ベンチSkiffle Bunchは前半の登場組だ。パンヤードではいたく感激した演奏も、やはりああいうアレンジはパノラマには不向きなのだろうか? スタンドで見る限り、可もなく不可もなくという感触である(その印象通り、残念ながらスキッフル・ベンチは最下位の11位という結果に終わった)。それでも地元サポーターは熱狂的に「おらが町のバンド」をサポートする。それが延々と繰り返され、トラブルもなくプログラムは消化していく。
前半組が終了すると、アナウンスがわざわざ後半組のバンドの演奏順を紹介。前半はそんなリップサービスもなかったんだけど、やっぱり場を盛り上げるツボを心得ているのだろう。ひいきのバンドの名前が呼ばれると、会場がどっと沸き返る。本当の“見せ場”がこれから控えている。
レネゲイズやフェイズIIの演奏が終わった後、いよいよバンドはあと3つとなった。9バンド目に登場したのが、ディフェンディング・チャンピオンであるデスペラードスだ。そしてステージ‥‥。
一言で言って、とにかくデスペラードスは素晴らしかった。アレンジャーのクライブ・ブラッドリーClive Bradleyが先頭に立ち、シェイカーを片手に演奏曲「ピクチャー・オン・マイ・ウォール」を華麗にコンダクトする。ある時は優しく、ある時は激しく、またある時はコミカルに…。プレイヤーはクライブの動きにつられるように、どんどんノッていくのがわかる。聴衆の目はクライブの一挙手一動足に釘付けとなり、聴衆の耳はデスペラードスの演奏にこれまた釘付けだ。演奏が終了した瞬間には、割れんばかりの大拍手が会場内に渦を巻いた。
これにはマイッタ。後に控える2バンド(エクソダスとエンジェル・ハープArima Angel Harp)には悪いが、これでもう今年はデスペラードスで決まった、と思った。会場のウケ方がケタ違いだったのだ。いわば、クライブがおいしいとこをみんなもってっちゃったのだ。「アレンジャーがプレイヤーより目立ってどうすんだ」という意見があるかもしれないが、それはそれ。ステージではウケたもん勝ちである。ましてや、演奏じたいも素晴らしかったのだから、文句はつけようがないだろう。
11バンド全ての演奏が滞りなく終了すると、ひと呼吸おいて結果発表が始まる。いつものように結果を待たずして帰る人が多いなか、僕はぼんやりとそのアナウンスを待っていた(Sさんたちはパンヤードのメンバーとお先に失礼していた)。15分ほど過ぎた頃だろうか、結果発表が始まった。
最下位の11位はアンディのスキッフル・ベンチである。僕個人は悪くないと思ったが、まぁしょうがない。その他、エンジェルハープやインベーダーズなども下位にランクされた。またオールスターズが6位にランクされたときは大いにブーイングが起こった。ファンが多いのか、それとももっと上位だと思っていたのか。
今年のレネゲイズは4位である(ここでも大きな溜息が漏れた)。となると、トップ3はやはりフェイズII、デスペラードスそしてエクソダスの3バンドだ。
「3位-458ポイント、Retrotrin Phase II Pan Groove!」
アナウンサーが抑揚豊かに読み上げ、会場がどよめいた。残るは2バンドだが、2位のアナウンスを聞いた時点で、記念すべき2000年のチャンピオンが決まる。
「2位-464ポイント、Exodus! そして1位は…」アナウンサーの声は続く。スタンドの熱狂は最高潮に達した。「475ポイント、Witco Desperadoes!!」
アナウンサーはデスペラードスの優勝を、高らかに宣言した。「ウオー」という大歓声の中、抱き合いながら喜ぶサポーターやスタッフが目に止まる。その瞬間、何故だろう、僕は全身に鳥肌が立って、思わず目に涙を浮かべてしまった。何故だろう、デスペラードスにはそれほど強い思い入れもないというのに。自分の感情に自分で動揺してしまった。たぶん僕の心は、デスペラードスのプレイを目の当たりにしたときに、アレンジャーのクライブに根こそぎ持っていかれてしまったのだろう。
やられた。本当にやられた。心の中でそう呟いて、でも少しだけニヤニヤしながら、僕は会場を後にした。
それにしてもフィニッシュが午前2時15分というのは、例年に比べると随分と早いものだ。少なくとも僕が見た過去2回は、両方とも午前4時を回っていた記憶がある。
僕はサバンナの周辺を、一人であてどなくぶらぶらしていた。もう少し、余韻に浸りたかったのだ。と、そんな時に僕の目に飛び込んできたのは、なんと、前からビール片手に歩いてくるアンディ・ナレルの姿だった。
「ミスター・アンディ!」と思わず声をかけると、彼も気づいてくれたらしく、気軽に握手に応じてくれた。何か話したいけれど、タイミングが悪すぎる。だって、彼がアレンジを努めたスキッフル・ベンチは、どんじりの最下位だったのだから。安易な気休めの言葉はかえって失礼に当たるだろう。でも、何か話したい。でも、トンチンカンなことを言ってしまいそうだ…。どうしようどうしよう…。
頭の中でそんなことを考えていると、アンディの知り合いが歩いてきた。「11位、11位。残念だったな」と気軽に話しかければ、アンディも「いやまあ、こんなもんさ。僕の実力だよ」という話で返す。ほっとした僕はチャンスとばかりに、一緒に写真を撮ってもらい、感謝を告げてサバンナを後にした。ほっ…。
何気なくレネゲイズのパンヤードに行ってみると、そこにはメンバーの姿はなく、スペースはソカパーティーとして開放されていた。当のメンバーは、疲れて先に休んでいるのだろう。
激しく鳴り響くリズムの中で、僕はベンチに座りながら、ぼんやりとうつろな目線を正面に向け、ソカパーティーを眺めていた。

3/5 --David!

今日は、レネゲイズのメンバーであるアントニーの家に、ランチにお呼ばれである。彼は大の日本人好きだ。元々は6年ほど前にKさんという女性がアントニーと接点を持ち、アントニーの家にステイしたことが縁だという。残念ながらKさんは病で亡くなってしまったが、大袈裟に言えば彼女が日本人とレネゲイズとの架け橋になってくれたことは、誰も異論を唱えないだろう。
アントニーの家は、レネゲイズのパンヤードから更に北に5分ほど歩いたところにある。ホテルまでアントニーが迎えにきてくれ、5人でてくてく歩いての訪問となった。入り組んだ路地の住宅街にアントニーの家はあった。中に案内されると、ダイニングルームでひと息。ラムとコーラを出され「自分で作るのがトリニダードスタイル、作ってあげるのがジャパニーズスタイル」と言っておどけるアントニーは、コロコロとした巨体をゆすってクスクス笑う。その仕草が何ともかわいい。
ひとしきり写真を見せてもらった後(誰とは言わないが、知ってる顔の日本人がたくさんいて笑えた)、ママ手作りのローカルフードに舌鼓。メインはやはり豆ピラフ?のピラウpirauは、チャーハンも彷彿させる家庭の味だ。ママが「マサコ(Kさんのこと)を知っているか」と訊くので「フレンドだったよ」と答えると、何とも言えない残念そうな表情を浮かべた。ママもまた、Kさんが亡くなる前にひと目会いたかったのだろう。
ゆっくりとした時間を過ごし、午後3時頃にアントニーの家を後にした。穏やかな一日だ。
ホテルに戻り、部屋にいると、Sさんが慌てて部屋に入ってきた。「Cocoさんが下に来てるよ!」
そこには、5年ぶりに会う彼女が座っていた。といっても、お互い顔もろくに覚えていなかったのだが(笑)。彼女は18の時から毎年トリニダードに来ている行動力とは裏腹に、ゆっくりとおっとりとしゃべるCocoさん。ソカパーティーが今晩あるので、一緒にどうか?というお誘いだった。「もちろん行きますよ!」と二つ返事でOKする僕。Sさん達は別件で用事があるとかで、パーティー組は僕とCOCOの2人だけだ。
話によると、飲み放題・食べ放題の料金コミコミパーティーが昨年あたりからのトレンドらしい。「料金高いから、変な人とか物売りとかが入り込めないからね~」。でも、ある意味では厄介なトレンドで、一般のトリニダード人はまず入場できない料金設定だ。実際、今日のパーティーは235TTで、今までに300TTという高額なパーティーもあったらしい。
しかし、彼女がこのパーティーに僕を誘ったのは別の意味があった。そこで、デビッド・ラダーが歌うというのだ。
「デビッド・ラダーが好きだって前言ってたでしょ、だから今日会わせてあげようと思って~」と、ケロリと言う。そう、彼女はカリプソニアンをはじめとしたたくさんのミュージシャンと友だちなのだ。「パーティーは4時くらいからだけど、ステージは8時頃からだから7時頃迎えに来るよ。何を話すか、考えてきてね~」と言い残して、彼女はいったん自分のホテルに戻り、約束通り午後7時に再び落ち合った。
会場は初日にアンディを見たクイーンズホール、の駐車場である。ところが、会場に行くとパーティは続いていたがステージはとっくに終わっていたのだ。しまった~、当てが外れた。仕方ないのでパーティーにもぐり込み(お金は何故か払わずに済んだ)、ビールを飲んでご飯を食べて、スティールバンド(シングルパン)の演奏などに聴き入っていた。
パーティーも終わりにさしかかった頃、彼女は「チャガラマスに行かないか」と言う。チャガラマスとはトリニダードの北西端近くに位置する、比較的ハイソな地域だ。ここでデビッドが10時頃からライブパーティを行うらしい。つまり、いくつものパーティやライブを掛け持ちしているのだ。毎晩のように何かしかのイベントが行われるこの時期、ある程度以上のミュージシャンは引っ張りだこなのだろう。
折角なのでチャガラマスまで案内してもらうことにする。クイーンズホールから乗合タクシーに乗った。トリニダードの乗合ではマシな車である。と思ったら、右側のサイドミラーの鏡がない!うわ~と思って、左のサイドミラーを見ると、サイドミラーそのものがなかった…。さすがトリニダード。これで運転そのものが超荒っぽいからたまったもんじゃない。無理な割り込みや追い越しで肝を冷やしそうになった。
そんな状態で、恐怖におののきながら30分ほども走ったろうか。到着したチャガラマスは、今まで僕が見たこともなかったトリニダードの表情をしていた。噂に違わず、ハイソな雰囲気である。「ここらは白人層の割合が高くてねー。一体今までどこに隠れてたのよって思うくらい」とCOCOさんの解説。トリニダード在住の白人も少なくないとは話には聞いていたが、なるほど、こおゆう所に住んでいたのか。
会場はホテルの庭のような所で、裏に回ると青々とした芝生が眩しい。ここに音響機材を積んだトレーラーが2台並び、ソカパーティーとなるのだ。予定の10時を過ぎてもいっこうに始まる気配がないのはご愛敬である。ぼーっと待っていると(居眠りもしていた)、COCOさんが「デビッド!」と誰かを呼んでいる。そう、デビッド・ラダーが僕らの目の前をぷらぷら歩いてきたのだ。
げー、本物のデビッド・ラダーだよ!と内心ドキドキしている僕をしり目に、いつものゆっくり調子で話しているCOCOさん。程なくして、彼女が僕を紹介してくれた。
「ナイスツーミチュー」「私はあなたのファンです」とだけ言うのが精いっぱいだった。気軽に握手してくれ、ニコニコ笑いながら去ってゆくデビッド。夢みたいだ…。COCOさんには後で「もっといろいろ聞きたいこととか聞けば良かったのに」と言われたが、今のところ、とりあえずは胸いっぱい。ま、写真を一緒に撮ることを忘れていたのが唯一の後悔だが…。
デビッドが歌ったのは2曲だけ。思い入れの深い「HIGH MAS」と、新曲の「the ground troops」だ。COCOさんから「生で必ず聴け」と言われた「HAMMER」は聴けずじまいだったが、まぁそれは次の宿題ということにしておこう。
ホテルに戻ったのは午前2時頃。トリニダードは日曜日の午前4時、つまり数時間後から始まる「ジュベイ」から、本当のカーニバルモードに入る。
2年前にトリニダードに来たときに、初めてジュベイを見た。いや、正確にはジュベイが始まる数時間前に帰ったのだが、その時はアリマで、街を挙げての大どんちゃん騒ぎ大会が繰り広げられていた。その時はマイケルの兄貴カートがついていたので、それほど大きな混乱は感じなかった(酔っぱらいは一杯いたけど)。何しろアリマは地方の街なので、周囲は黒人だらけだったことを覚えている。
POSで迎えるジュベイ、しかも本当の午前4時から始まるジュベイは初めてだ。
午前3時にインベーダーズのパンヤードの前で、マギーやデニーズと待ち合わせの約束をしていた。そこから場所を移動して服を着替え、スターリフトのトレーラーについて朝まで歩こうという予定だ。僕らのチームコスチュームはセーラー(笑)で、他のグループに比べれば100倍かわいいものだった。
いつもの“アイラブユー”にタクシーを頼んだのだが「大渋滞で来れない」とのこと。考えてみたら路上は人であふれ返っている。僕たちは仕方なく、待ち合わせ場所まで歩くことにした。それから起こる大混乱のことも知らず…。
外に出た瞬間、「やばい」と思った。みんな、心の「たが」が外れているように見えたのだ。その思いは、歩みを進めば進むほど強くなった。道を往来する人々が、一様に異様な目つきなのだ。全身ドロやペイントで塗りたくった人、大音響のソカに踊り狂っている人(あちこちでサウンドシステムがでかでかと積まれている)、酒瓶片手にふらふら歩いている人…。まさに、キケンな香りがいっぱい(爆)。ましてや深夜である。暗闇と照明と喧噪が、人の心を高ぶらせるのかもしれない。
僕らが通った道は大通りという事もあり、その喧噪は想像を絶していた。人の流れは澱み、まともに進むことさえできない。一見、交通規制が敷かれて歩行者天国になっているように見えるが、そうではない。ただ人が多すぎてクルマが通れないだけなのだ。実際、何台かクルマが通行していたが、群衆に囲まれるわ、ボンネットに飛び乗られるわ、もうメチャメチャだった。
Sさんが先頭に、僕が最後尾に。それが一番安全な隊列だ。「セーフティ、セーフティ…」と自分に言い聞かせながら、Sさんたちを見失わないようについていった。とにかく、若い彼女たちが道にはぐれるのが恐い。それだけを注意しながら。
そうこうしているうちに、やっとのことで待ち合わせ場所、インベーダーズのパンヤードに着いた。しかし、マギーたちはいくら待てどもやって来ない。午前3時の待ち合わせというのに、4時になってもマギーたちはやって来ない。待ちくたびれた、という思いと「このままここにいたらヤバイ」という心配が重なり、取りあえずホテルに戻ることにした。
再び喧噪の人混みの中をかき分けて道を戻ると、偶然、途中でフェイズIIのトレーラーに遭遇した。トレーラーの上から流れるパンの音色に何故か無性にホッとし、そのままトレーラーの後について、道を進むことにした(トレーラーの周りはサポーターの人だかりで、それはそれでヤバかったのだけど)。ただ唯一の救いは、その中に知り合いのキースの姿を見つけたことだ。これだけの状態になると、そばに知り合いのトリニダード人がいるだけで、本当に心強い。
ホテルの近くでフェイズIIのトレーラーを離れ、いったん荷物を置き、こんどはレネゲイズのトレーラーを探して合流しようということになった。トレーラーは今どこにいるのかわかんないぞ、という不安もあったのだが、取りあえずレネゲイズのパンヤードに向かって歩くことにした。その途中、路上ではソカ大会の真っ最中。再び人混みで身動きが取れなくなったので、ウラの脇道からパンヤードに行くことにした。そこに偶然、レネゲイズのパンヤードが居たのだ。いやいや、ひとまずは安堵。ジュニアもアーロンもアンセルムも、もちろんアントニーの顔もある…。
結局、僕らはそのままレネゲイズのトレーラーにひっついて街を練り歩いた。彼らはパンを延々と演奏し続け、僕らもまるで時間を忘れたように歩き続けた。いつのまにか夜が白み、僕とSさんは朝7時の時点でさすがに音を上げてホテルに戻った。楽しかったけど、疲れた。足が棒のようだ。ばたんきゅうである。でも、沖縄2人娘は朝10時まで歩き続けたらしい。体力の差を感じる。若いなあ…。
 

3/6 --アクシデント発生

カーニバルの初日である。明け方まで歩き続けていた僕は、たしか朝11時過ぎまで死んだように眠っていた。それにしても、ホテルの部屋からでさえソカの大音響が聞こえてくる。ホテルの道向かいにサウンドシステムが積まれ、大音響がここまで届くのだ。重低音で、マジに壁が揺れる。疲れて一緒に帰ってきたはずのSさんだが「うるさくて全然寝れないよ~」とボヤいていた。そう、どっちかというとソカは神経を“さわる”音なのだ。
僕が寝ている間、Sさんはマギーと連絡を取ることに成功した。ほっと安心したのも束の間、昨日合流できなかった理由を聞いて、愕然としてしまった。
マギーの友人のスイス人婦人が、昨夜のジュベイで刺されたのだ。
マギーによると、僕らを待っている時に突然、周囲でワインダンスが始まり、あたり一面が無法状態になっっとのこと。逃げ遅れた婦人の一人が取り囲まれて物盗りの挙げ句、背中を刺された、という。幸い、(スリの被害は元々予想していたので超軽装だった)盗まれるような手荷物はなく、背中の傷も肩胛骨に当たって浅かったらしい。マギーたちは急いで病院にかけ込み、その騒ぎと入れ違いに僕らが到着したらしい。
少なからずショックだった。カーニバルは危険だから気を付けろ、ということは誰にでも聞いていたし、新聞でも事件はよく報道されている。しかし、少なくとも自分の身近な人が被害に遭ったことはなかったから。ましてや、僕らは少々の時間差でその場に居合わせなかっただけで、タイミングさえ合えば、僕らもそのアクシデントに巻き込まれていた可能性は充分考えられるのだ。
2年前、カートと話したことを思い出した。僕はカートに聞いた、「ねえ、ジュベイって何すんの?」「anything!」と、カート。 anything…、何でもあり、か。あの時はソカもワインダンスもパンのプレイも何でもあり…という解釈だった。しかし、もしかしたら、大騒ぎも犯罪も何でもあり…という意味で言ったのかもしれない。いや、それが僕の拡大解釈だと思いたいが…。
ま、起きてしまったことは仕方がない。気分を取り直すしかない。
Sさんは昨日のこともあるので、昼前からマギーのゲストハウスに行き、そこからスターリフトのグループに合流するという。折角なので僕も一緒に行くことにした(ヒル前に帰ってきた沖縄2人娘は、もちろん未だ熟睡中である)。
刺されたマギーの友人の婦人は幸いにして元気だった。彼女も傷をおしてパレードに参加するという。ショックはあっただろうが、つとめて明るく振る舞っていた。僕も急いでセーラーの格好に着替え(なかなか我ながら笑える)、いちど(湿布を交換するためだろう)病院に寄ってからスターリフトのチームに合流した。今回はあえてスターリフトという名前は出さず、ご近所バンドのインベーダーズやフェイズIIなどと合同で、パレードの隊列を組んでいた。
パンのトレーラーについて、延々と通りを練り歩く。飲み物やビールが振る舞われ、小刻みにステップを踏みながら楽しいひとときを過ごす。まったく、昨日の恐怖が嘘のようだ。突然、頭上から白いものがパラパラと降ってきた。ベビーパウダーを頭から振り掛けられたのだ。顔を真っ白にしながら、僕は苦笑しながらパレードをやめなかった。
ちょうどホテルの前を通りがかるということで、沖縄2人娘も着替えて合流。夕方に涼しくなるまでスターリフトのチームについていたが、Tさんがレネゲイズとも合流する約束をしていたので、その付き添いのため離脱した。いったんホテルに戻り、束の間の休息ののち、午後6時にレネゲイズのパンヤードへ向かった。
しかし、やっぱりトリニダードタイムである。レネゲイズの面々は辛うじてそこにいたものの、パレードが始まる素振りもない。けっきょくパレードが動き出したのは午後7時過ぎで、さすがに昨日からの疲れがたまっていた僕は、彼女を見届けて先にホテルで休もうと考えていた。今日も徹夜になったらたまんない! しかしメンバーの話しによると、今日のパレードは少なくとも夜11時には終わるという。考えてみれば、メンバーも疲れがたまってるだろう。何しろカーニバルは明日も続くのだから。
「疲れた時点でお先に失礼しよう」と思っていたが、パレードにはけっきょく最後まで付き合ってしまった。当のTさんは、途中からトレーラーに上げてもらって、パンの横で座りながらリズムを取っていた。いいなぁ…。女の子はどこでも優しくしてもらえて、と苦笑する。
終了、夜11時。僕だけが先にホテルに戻り、ベッドでゴロリと横になった。昨夜ほどではないが、サウンドシステムのトレーラーが通過するときだろう、時おりけたたましいソカの喧噪が鳴り響いた。

3/7 --パレード再び

朝起きると、足が重い。かなり疲れがたまっているようだ。
今日は4人で昼からパレードの見物に、クイーンズパーク・サバンナに行こうということになる。街なかでも見れるのだが、審査会場はサバンナだし、グランドスタンドからゆっくり見るのも悪くないと思ったからだ。
サバンナでマギーやデニーズを待ち合わせ、僕らはスタンドに入場しようということに(例によってグランドスタンドはソールドアウトで、またダフ屋のお世話になった。でも最終セールなのか、今回はかえって安いくらいだった)。ただその前に、エアカナダのリコンファームを公衆電話で行うことにする。ところが、つながらないのだ、これが。理由は分からない。単純にビジーなのか、それとも操作が間違っているのか…。検討の結果、沖縄2人娘は先にスタンドに入場させ、僕とSさんがエアカナダの支店まで直接出向こうということになった。時間もないし、何よりカーニバル後の搭乗は混雑することが目に見えているから、先に手を打ちたかったのだ。
タクシーをつかまえようとしたがゲットできず(考えてみたらサバンナの外周道路は交通規制が敷かれていた)、結局、15分ほど歩いてエアカナダの支店に到着した。ところが、オフィスは閉店いたのである!「いくらカーニバル中でも、航空会社の窓口くらいは開けとけよ~!!」と2人で地団駄を踏んだが、後の祭りだ。後で知ったところによると、カーニバル期間を考慮して、特例としてカーニバル前にリコンファームできたのだそうだ。ぬ、抜かったわ…。
いったんホテルに戻り、ホテルの電話からエアカナダのトロント支店に電話をかけることにする。今回はつながった…が、何とリコンファームの電話番号は音声ガイダンスだったのだ!しかも早口らしく、英語のできるSさんでさえ途中で音を上げる始末。けっきょくこの日のリコンファームは諦め、サバンナにとぼとぼ戻るハメになってしまった…。何やってんだ、僕たちは。元気なSさんもさすがにぐったりして、サバンナのスタンドに座った途端に居眠りを始めてしまった…。
肝心のステージでは、おそらく朝から延々と続いているのだろう、賑やかなカーニバルパレードが列をなしていた。いちおうステージ上ではさまざまな演出があるようで、踊りあり、スモークあり、竹馬軍団ありと、僕が見ていた短時間でさえ盛りだくさんな内容だ。ただ、全てを見るのは辛いのだろう、ソールドアウトといいながら空席も結構見えたのは、もう見飽きて帰ってしまったお客さんが少なからずいたためだろう。
夜は、仕事の関係でトリニダードに在住している日本人、pekejさん(ハンドルネームである)夫婦のマンションに招待していただいた。サバンナに隣接するアメリカ大使館の前で待ち合わせ、クルマに乗ったのだが、問題はカーニバルから帰るクルマの渋滞である。見事にハマってしまい、1時間半ほども立ち往生状態となってしまった。お陰で2人とも喉がカラカラ。マンションに到着するや否やいただいた、キンキンに冷えたカリブビールが美味かったこと! トリニダードに来ていらい毎日水のように飲んでいて、さすがに飽き始めていたこの味にももうオサラバかと思うと(そりゃ日本でも飲めるけど高いし、やっぱお国のビールはお国で飲まないと!)と考えると、そのウマサに改めて感服する。
奥さん手製の料理に舌鼓を打ち、久しぶりのオニギリや豆菓子を食べ(pelejさんによると、何と1軒だけ日本食材店があるそうだ!)、楽しいひとときを過ごさせていただいた。

3/8 --Last day in Trinidad...

今日は実質上、トリニダード滞在最後の日である。
カーニバル明けの水曜日。街は、昨日までのあの喧噪とゴミの山が嘘のように、いつもの表情をしている。何事もなかったかのように(本当に、何事もなかったかのように)人が行き来し、クルマは相変わらずの通勤ラッシュだ。こんな1年をトリニダードでは繰り返しているのかな、そんな事を考えながら、窓からボーッと街を眺めていた。
昨日果たせなかったリコンファームは、何の問題もなく完了した。とりあえず、これで日本に帰れるとひと安心だ(笑)
昼からは、pekejさんとカリブショップに出向いた。カリブショップとは、カリブビールのオフィシャルグッズの専門店のことだ。カリブグッズ自体はおみやげ屋でも取り扱っているのだが、とりあえずそこに行けば全てのグッズが並んでいるし、何よりも自称カリブマニア(爆)の僕としては『イカネバナルマイ!』という気分である。
カリブショップの存在を知りながら、気が付いたら出発日が迫っていた僕を、pekejさんは気遣ってくれたのだろう。クルマを出してくれたのだ(ポート・オブ・スペインから少々離れているため、一人で行くならタクシーを使わなければいけない)。感謝である。
カリブショップは、グランバザールというショッピングモールの中にあった。店自体は小ぶりだが、Tシャツ、ポーチ、バッグ、マウスパッド(笑)など、なるほど「カリブだらけ」。さすがに買い漁り…とまではいかなかったが、充分な買い物をした。ただこのうちの半数以上は、おみやげとして人手に渡ってしまうのだろうが…。
午後からは、帰国のための大パッキング大会である。衣類はパンのケースに詰め込み、なんとかバッグに荷物を押し込む。毎朝買っていた新聞を捨てようかどうか迷ったが、けっきょく荷物のひとつに数えてしまった。重いけど、後で後悔するよりはいい。少し時間が余ったので、インターネットを触りに外へ出る。先日行ったところはあいにく満席で、しかも閉店時間が迫っていたので、別のショップを紹介してもらうことにした。どうでもいいけど、何でドリンクが飲めないのにみんな「インターネットカフェ」と言うんだろう?
紹介されたショップもまた、別のショッピングモールの2階にあった。例によって日本語は全く使えなかったが、まぁしょうがない。hotmailで友人にメールを送る。これがトリニダード最後のメールとなるだろう。 ホテルに戻り、再びパッキングをしていると、いつの間にか帰ってきていたSさんが慌てて部屋に来て、僕を呼びだした。「みんなが来てるよ!」
…?? 何のことだ。 何か待ち合わせしてたっけ? と、最初は訳がわからなかったが、レネゲイズのメンバーなどトリニダードで知り合った人が、1階のレストランに顔を揃えて集まっているらしい。偶然のことらしく、みんなで連れだって来たわけではないらしい。きっと、当の本人達がビックリしてるだろう。
合流すると、案の定、みんなで「何でオマエ、ここにいるの??」という顔をし合っている。こういう偶然も、なかなか楽しい。アントニー、ジュニア、デニーズの息子、そしてアーロン…。彼らに次会えるのは、いつだろう。どこでだろう。トリニダードで? それとも、日本で…?
嬉しいことがもうひとつ。ホテルのおばちゃんたちが、勤務時間を終えても帰らず、僕らにバイバイをしたいと待っていてくれたのだ。「また来年も来てネ」と言うおばちゃんと握手を交わし、見送った。そして数時間後には、僕らがホテルにバイバイする番だ。いよいよ帰国かぁ…。
フライトの時間は翌日(9日)の午前2時30分。しかし、僕とSさんの買ったパンだけで5個もある。バゲッジの関係でモメると困るので、早めに、午後9時過ぎには空港にいくことにした。
空港にはデニーズの息子がついてきてくれた。この空港も、もうすぐ建て替えられると言う。もし来年、トリニダードに来れるならば、その時には屋根付きのタラップで飛行機から降りるようになっているのだろうか。
轟音を響かせて飛行機はトリニダードを離陸した。大きく旋回する機体。きらきらと窓から見えるトリニダードの夜景が、いつにも増して眩しく見え、そして遠ざかっていった。
 
(了)